2009年

5月

07日

加藤隆, 一神教の誕生 ユダヤ教からキリスト教へ, 2002, 講談社現代新書

第3章 神殿と律法の意義

【3−1】 南王国の滅亡とバビロン捕囚(P.76)
バビロン捕囚に至る時代経緯の解説(cf.P.77-7図)
南王国の滅亡 → ユダヤ人独立王国の喪失 → 土地・王・神殿の喪失 → 神と民の繋がりの喪失

 

【3−2】 「思い出」が神と人を繋ぐ(P.79)
バビロン捕囚 → 救いや希望に対する欲求 → 出エジプトの思い出の反芻 → 過去の出来事を基準にした現在・未来の位置付け

【3−3】 ディアスポラのユダヤ人(P.82)
ディアスポラのユダヤ人:パレスチナ以外の土地に(自発的意志によって)住むユダヤ人
アケメネス朝ペルシアによる統治 → ディアスポラのユダヤ人の発生

【3−4】 第二神殿はなぜ造られたか(P.83)
バビロン捕囚 → 神殿の喪失 → 神殿の存在の必然性・存在意義の喪失 → 神殿再建の動機は?(cf.3-10)
          ↓                ↓      ↑
          民の罪の解消手段としての神殿における活動意義の喪失

【3−5】 「聖書」の成立(P.87)
B.C.5C〜4C 律法(トーラー)成立の開始 → のち権威化 → ユダヤ教の正典(カノン)へ

【3−6】 ペルシア当局の命令で作られたユダヤ教の律法(P.89)
ペルシア当局命令によるユダヤ人の掟の明文化要請 → ユダヤ人全体を対象とする妥協的合意文書提出 →
 → 異教徒(ペルシア当局)によるユダヤ人の掟の公式化・確定化 → 掟の変更手続きの喪失 → 掟の不変の確定 →
 → 律法への服従と解釈変更の発生 → 律法の絶対的権威が維持された要因は?(cf.3-11)

【3−7】 「知恵」の展開(P.93)
バビロン捕囚・ペルシア統治・ギリシャ統治 → 文明への接触・文化的刺激の享受 →
 → 民衆レベルにおける知恵(人間の考える能力)の思索の展開(ex.箴言)

【3−8】 「神の前での自己正当化」(P.95)
知恵の展開 → 神の前における義の模索(ex.申命記改革)→ 神の前における民の態度の自己決定 →
 → 神の前における自己正当化(ex.トビト記)→ 人間の知恵が神を支配できるとする立場の発生 → 神と民の断絶

【3−9】 「神の前での自己正当化」への批判(P.99)
人間の知恵が神を支配できるとする立場の発生 → 「神の前における自己正当化」への批判
(ex.ヨブ記・コヘレトの言葉・創世記エデンの園の物語・詩編)

【3−10】 自己正当化を避けるための神殿建設(P.102)
知恵による主観的な自己正当化+罪の認識 → 神と民の断絶 → 神と民の繋がりを具体化する必要性の発生 →
 → 神殿における儀式 → 儀式の不十分な正しさの認識 → 神と民の繋がりの不十分さ → 神と民の決定的断絶を無限に回避

【3−11】 自己正当化を永遠に回避させる律法(P.105)
神の前における義の模索 → 律法の研究 → 律法の抱える難解さや矛盾との接触 → 神の前における自己正当化の回避

【3−12】 あえて理解困難なものがさらに複雑になる(P.109)
律法に見られる神の前での自己正当化回避の工夫
(1)絶対的変更不可な律法 → 律法の付加 → 律法の複雑化
(2)ヘブライ語による記述 → 一般のユダヤ人(アラム語)は理解不能 → 律法研究の困難と特殊化
(3)律法の物語を過去のものとして記述 → 律法の権威の強化(ex.申命記法)
(4)律法に意図的に矛盾を内包 → 律法の全体理解の不可能化 → 一定立場における自己正当化の排除

【3−13】 全体が正しいとされている律法(P.117)
律法を部分的に読むと不適切な内容も現れる + 部分的テクスト同士が矛盾の関係を抱える →
 → 律法に対する演繹的アプローチの排除 → 帰納的読解への誘導 → コンテクスト読解される「全体が正しい」律法
(ps.律法の正しさの認識+自己正当化の確信→律法を巡る原理主義/聖書原理主義)

 

2009-05-07 宗教文明論(加藤隆 先生)

2009年

5月

01日

NHK特集『ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない』

この映像を見て最も気にかかったのは、実際に私の目に入ってくる社会現象と随分異なっているという点である。およそ20年前に私が毎日上野公園で見ていた大勢のホームレスらを思い起こしてみると、現在のほうが明らかに少ない。というよりも、ホームレスがいない。駅にも地下道にも閉店後の店舗のシャッターの前にも。東京都の公式 WEBサイトは「都の救援施策が成功した」とまとめている。しかし、おそらくそうではない。

東京都発行『東京23区のホームレスの推移』を見ると、近年、たしかに都内のホームレス人口は減っている。しかし、同じ資料に載っていた別のデータによれば、国管理河川に棲むホームレス人口は増えている。

 

ホームレスらは、おそらく生活の知恵を得て、国が管理している土地に張り付いていれば容易に退去させられることはないということに気づいたのであろう。そしてそうなったのはなぜかと考えてみれば、都が、都の管理地からホームレスを追い出したからではないか、と想像できる。

 

私は、都が発行した一冊の資料の中の、それぞれ別の箇所に書かれていたデータを見比べただけである。都は、この程度の分析もできず、この程度の推測も立てられず、「都の救援施策が成功した」というのか。

 

それとも、データを見て、すべてわかっていて、しかし追い出したことには言及しないということなのか。

 

2009-05-01 現代社会思想(三宅芳夫 先生)

2009年

5月

01日

連載「ケアをめぐる交話(クロストーク)」『看護学雑誌』

広井良典, 『ケア学』の新地平 広井良典のケアをめぐる交話(クロストーク), 看護学雑誌, 2004-01〜2005-01

 

【第4回】ケアと遺伝医療 高田史男

 

私は長年、先天色覚異常にまつわる問題と向き合い、市民活動を行ってきた。私がスタッフの一人として運営してきた「色覚問題研究グループぱすてる」という 市民団体では、色覚異常に関する電話相談窓口を週2回開設し、およそ20年になる。回答者は当番制で、私も担当する。まれに一日中まったく電話が鳴らない 日もあるが、平均して日に2〜3本、多い日は5〜6本ほどの相談や問い合わせを受ける。

 

先天色覚異常は遺伝法則によって引き継がれるインペアメントで、持ち込まれる相談のほとんどが遺伝にまつわる内容である。つまり電話を受けている私の立場は、この高田氏の言う「遺伝カウンセラー」なのである。ここで氏によって提供された話題は、私がいままでの経験と若干の知識によって身につけたものとほとんど同様の感覚で、まさに我が意を得たりという心境であり、まったく違和感がない。しかし私に欠落していた点がひとつあった。保険制度の問題である。


いままで私は、次のように考えていた。------ 先天色覚異常者にはいくらかの社会的制約がある。制約に出会ってから自身の身体を自覚するようでは遅いので、なるべく早く知り、対策を立てておいた方がよい。「知らされないでいる権利 (註)」を行使すると、当然、責任の負えない問題が発生する。知らないのだから本人に責任はない。だから、もし自己責任を負いながら自分の意志で生きていきたいと思うのであれば「知る権利」を行使するべきである。一方、「知らされない方がよい」という選択をするのであれば、少しは無責任でいられることになり、精神的に気楽になる部分が発生する。------ 私はここに保険の問題が絡むとまで、思いをめぐらせていなかった。


保険については早急に制度を変える必要があろうが、現実的なことを考えると、制度の再構築を待ってはいられない。あした電話をかけてくるかもしれない相談者に対して、私はどのように回答するべきか。考えているうちにあれこれ逡巡したが、やはり、一般的には「知る権利」を行使したほうがよいだろうと思い至った。そのほうが、自己責任を負える分だけ、人生における有効な選択肢が増えることになるからである。他方、「知らされないでいる」ことを「選択」すると、その後の重要な責任を放棄し、その分だけ自己決定権を失うことになってしまうかもしれない。「選択」の時点で意志が働いているのであるから、権利が縮小されてもやむを得ない(そうはいっても「知らされないでいる」ことが精神的な安定を得るために必要な選択であろうことは間違いない)。

 

なお、私が付け加えたいと思う点がひとつある。高田氏は、遺伝情報を抱え、インペアメントを抱えるであろう当事者本人に対する「知らされないでいる権利」についてのみ語っているが、その周囲の人々(親族や内縁者など)に対してはどうなのだろう。私は以前から次のように考えてきた。------(とくに養育義務を持つ)親は、子の身体・精神状態に対する「知っておく義務」があるのではないか。親が「知っておく義務」を怠ると、子が将来手に入れることのできる「選択する権利」が縮小されるのではないか。------ この考え方が正しいのかどうか自信はないのであるが、現時点ではこのように考えている。

 

この考え方を用いると、保険制度の再構築に関する糸口が掴める。一般に保険契約は個人と保険会社が二者間で結ぶものであるが、これを、複数の個人と保険会社との三者間契約を許可するよう制度を改編するのである。つまり、「知らされないでいる権利」をもつ個人と「知っておく義務」をもつ個人が連帯責任を負い、保険会社と契約する。そして、「知らされないでいる権利をもつ個人」と「知っておく義務をもつ個人」との間の、遺伝認識におけるズレについてだけは、不問に附す。そうすると保険金の受取人の問題(悪用対策)が残るが、紙面が足りないのでここで思考停止することにし、後日あらためて再考したい。


(註)高田氏の語る「知らないでいる権利」は「知」を放棄する権利を指していると思われるが、自発的/内在的な「知」まで権利放棄することはできないと私は考えるため、「知らされないでいる権利」と呼び換えた。

【第1回】ケアとトランスパーソナル心理学 諸富祥彦

 

上に書いた電話相談と関連するが、「クライエント自身の意識のありよう」と「セラピスト自身の意識のありよう」の関係について言及している部分に共感があった。当たり前だが、私の側に相談を受け入れるだけの精神的・時間的余裕がないと、カウンセリングは成立しないし、ケアにならない。いままでも、私のような素人がセラピスト/カウンセラーの真似事をしていてよいのかという自問があったが、これからも同様に悩み続けることになろう。今後深く勉強したいところである。

以上、連載のすべての回を通して、思うところがたくさんあった。規定字数では書ききれないため今回はこれで締め、別の機会にあらためたい。

 

2009-05-01 地域福祉論(広井良典 先生)

2009年

4月

30日

Anthony Giddens : The Third Way - The Renewal of Social Democracy, 1998 (第3章 要約)

Anthony Giddens : The Third Way - The Renewal of Social Democracy, 1998

アンソニー・ギデンズ, 佐和隆光訳, 第三の道 効率と公正の新たな同盟, 1999

III.  State and Civil Society

第三章 国家と市民社会(註1)

■導入: 本章の概略(P.122)
福祉制度の再構築  → 新しい混合経済体制 = 政府と市民社会の協力関係を支える経済的基盤
この章で扱うトピック(P.123の囲み)

 

■第1項: 民主主義の民主化(P.124)

国家の危機

 → 国家・政府の正統性・権威を裏付ける根拠が必要
国家危機の要因

 : グローバル市場の勃興/大規模戦争の発生可能性低下/民主化の広がり/伝統・慣習の影響力低下
民主主義の危機の由来

 : 十分に民主的でない民主主義/感受性に富む市民の出現/個人の自主性
この項で扱うトピック(P.136の囲み)

■第1項(1)中央から地方への権限委譲(P.127)
民主主義の民主化

 = 脱中央集権化(註2)→ 国家権威の再構築 → 国家の抵抗力・影響力の強化
脱中央集権化

 : 上下双方向の権限委譲

■第1項(2)公共部門の刷新(P.128)
立法の役割強化(ex.法改正)

 ← 政府の腐敗防止/透明性・開放性の確保 ← 市民による監視

■第1項(3)行政の効率化(P.130)
政府組織の非効率 → 不信 → 正統性を裏付けるものが必要 → 行政の効率化
行政の効率化 ← 目標管理・実効性ある監視・柔軟な意思決定・従業員の参加

                  ↑

             企業の行動様式を導入
                 ↓↑
市場主義の限界の認識 → 市場に対抗する役割としての政府

■第1項(4)直接民主制の導入(P.132)
政治参加の実感を伴う民主主義

 : 地域レベルでの直接民主制/電子住民投票/市民陪審員制 etc.

■第1項(5)リスクを管理する政府(P.133)
危機管理

  ↑

狭義の安全保障/経済的リスク/科学技術から生じるリスク(ex.健康/環境保全/社会福祉) etc.
  ↓
具体的選択肢の明示、科学・技術限界の明示
  ↓
専門家・政府・一般市民による制約・倫理問題の検討

■第1項(6)上下双方向の民主化(P.135)
地方分権化のメリット : 過疎都市の再活性化
地方分権化のデメリット: 自治体政府中枢部の官僚的権限の肥大化、地域格差の拡大
地方分権 ≠ 地方分裂: 上下双方向の権限委譲、上下のバランスのとれた権限委譲

■第2項: アクティブな市民社会をつくる(P.137)
旧左派:市民社会の衰退に無関心
新左派:市民社会の盛衰に関心大
この項で扱うトピック(P.138の囲み)

■第2項(1)政府と市民社会の協力関係(P.139)
協力関係

 : 政府と市民社会の相互扶助・相互監視、撤退と支援 → 高度な自己組織化能力

■第2項(2)第三セクターの活用(P.140)
小規模団体:「共通の利益を擁護するために定期的に会合する少人数の集まり」
  ↑
問題意識の共有、人生の同行、相互扶助
  意識共有キーワード: 癒し、自助、環境保護 etc.(cf.post-materialism P.44)
  参加者キーワード : 女性、中高年層<若年層、富裕層 ←→ 貧困層の不在

■第2項(3)地域主導によるコミュニティーの再生(P.143)
地域主導による地域経済振興 → コミュニティー再生 → 貧困層における市民的秩序の回復
政府の役割 : 社会事業への助成、教育事業などの許認可・監督

■第2項(4)地域の公的領域の保全(P.147)
ハード・ソフト両面における公的領域(public sphere)への配慮 → コミュニティーの発展と民主化
ハードの公的領域 = 社交の場、家族(cf.第4項)以外に日常的な人の絆をつくる場
  ex.街路、広場、公園、レストラン、カフェ etc.
健全な市民社会 → 個人保護 → 人権 VS 国家権力 → 固有の問題と緊張関係の発生
  ex.監視権限の設定(cf.第3項)、各共同体の将来像の衝突、共同体間の隔壁設定、利害対立からの個人保護

■第3項: 犯罪とコミュニティー(P.149)
公共領域における安心感の確保 ← 礼儀正しさ(註3)
× 犯罪摘発 → 警察権力の強化(註4) → 不審者一掃
○ 犯罪予防 → 警察と市民の緊密な協力 → 教育・説得・カウンセリング → モラル・品行の向上
              ↑

政府諸機関・刑事司法制度・地域の諸団体・コミュニティー組織・各種経済団体・少数民族団体などの協力関係

■第4項: 民主的家族 ー 伝統的家族の崩壊(P.154)
新自由主義の家族政策    (cf. P.155 L.7 〜 P.156 L.5)
旧式の社会民主主義の家族政策(cf. P.156 L.6 〜 L.11)
第三の道の家族政策     「家族のルールとは、民主主義である」(cf. P.164の囲み)
家族の民主化と社会の民主化を支える価値規範の近似
  形式的平等、個人の権利、自由闊達な議論、協議に基づく権威、

  相互尊重、自主性、合議に基づく意思決定、暴力からの自由
家族の価値規範の再構築 ← 自主と責任の調和、柔軟性と順応性 ← 政府による奨励策と制裁措置の整備
家族政策における最優先課題: 男女間の育児責任分担の見直し
  ex.養育と婚姻の制度的分断、父母における同等の権利と義務の再確認、男女の共同養育
社会的に統合された家族

 : 親子間における双方向の義務の再確認 → 家族の結束 → 市民的結束、社会的連帯

(註1)佐和は何故 "State" を「国家」と訳したか : EU諸国を、自治機能を備えた地方機関として捉える(cf.subsidiarity, P.128)。グローバリズムにさらされている多階層の States らは「国家」に限らない(cf.米CA州 P.134, 伯セアラ州 P144)。
(註2)"脱"中央集権化であって、"反"中央集権化や"非"中央集権化ではないことに注意。
(註3)礼儀というと日本人は伝統・慣習・宗教などを連想しやすいが、おそらく次元の違う内容を指している。
(註4)監視権限の強化と人権のバランス : 人は危険や危機を感じると過剰な管理・監視をも受け入れてしまう。そういった市民感情を悪用して弱みに付け込もうとする権力を監視・抑制する方法はあるのか?

 

2009-04-30 ゼミ輪読(倉阪秀史 先生)

2009年

4月

24日

Kenneth E. Boulding : THE ECONOMICS OF THE COMING SPACESHIP EARTH, 1966

Kenneth E. Boulding : THE ECONOMICS OF THE COMING SPACESHIP EARTH, 1966

要約その2

【9】エントロピーの概念を通してシステムの性質を考察する
  物質的システム(1)エントロピー的  : 濃縮された物質を拡散させる
  物質的システム(2)非エントロピー的 : 拡散された物質を濃縮させる
  物質的エントロピーの減少は補われる必要がある
  閉じられたシステム
    物質的エントロピーの増大も減少もないシステム
    消費に由来する出力が生産のための入力になる

 

【10】地球外からのエネルギー入力に目を向ける
  化石燃料によるエネルギー入力は残り少ない
  原子力エネルギーによって根本的な変革が得られるわけではない
  太陽エネルギーの利用による進歩の可能性
  人工有機体による太陽エネルギーの効率的変換の可能性

【11】社会システムと文化の関係性に注目する
  社会のシステムと文化には退化した例がある
  社会の発展における社会システムと文化の関係は謎だが
    ・・・文化に余裕を持たせることが重要なのではないか
  固定化されたパターン・活動からの分岐/離脱を許容する余裕

【12】カウボーイ経済とは
  従来の開かれた経済:カウボーイ経済
    消費するのはよいこと
    消費は生産を呼ぶ
    経済成長は「生産要素」による仕事量をもって測る
  未来の閉じられた経済:宇宙飛行士経済
    地球を1機の宇宙船と考える
    宇宙船の貯蔵庫は有限である

【13】宇宙飛行士経済とは
  仕事量を最小に押さえる
  経済成長の本質的な基準は自然・拡がり・質・総資本の複雑さ
    従来のように生産・消費がすべてではない
  総資本のシステムには人間の身体と精神の状態が含まれる

【14】人間の身体・精神と経済
  人間の健康/幸福/快適な生活はストックか、フローか
  経済的な幸福は衣食住の充実をも含むか
  ある程度の状態を維持できる範囲であれば消費が少ないほど暮らし向きはよい

【15】経済学者が無視してきた問題
  変動への欲求
    生産・消費・仕事量・GNP以外の基準を考える
    人間は一定の状態を維持したいと思わない
    選択肢の要求

【16】子孫に対して何をするべきか
  個人の利益(?)を保護する考え方は不合理である
  子孫への幸福/福祉を最大に
  空間的な共同体だけではなく、時間的な共同体として
  共同体の問題から個人の関係性へ

 

2009-04-24 環境経済政策論(倉阪秀史 先生)

2009年

4月

24日

研究テーマ概説

【1】これから掘り下げていきたいテーマ

 先天色覚異常に関する社会問題の分析

【2】上記のテーマを掘り下げる理由・背景。および掘り下げていきたい内容・論点。

 全国にはおよそ290万人の先天色覚異常者がいるであろうと推計されているにもかかわらず、これまで先天色覚異常に関する社会問題が大きく取り上げられる機会はあまりなかった。そのおもな理由として以下の4点が考えられる。

 

 (1)稀な例を除き、先天色覚異常には色覚以外の視機能障害がない。そのため先天色覚異常は、視機能についてのみ考えれば軽微な機能障害といえる。したがって、表示物の視認性改善など、障壁除去施策の対象として扱われる際にも注目度が低い。

 (2)先天色覚異常者の各々にとっては生まれ持った違和感のない色彩感覚であり、一生を通じて程度が悪化/改善することもないため、自身の色覚について客観的な自覚を持ちにくい。よって、実際に困難に遭遇したときでさえ、色覚異常に由来する問題であるという自覚が生じにくい。そのために困難や支障を訴える例が少ない。

 (3)先天色覚異常であっても、知識を身につけ、経験を積み、慎重さが備わると、色誤認の指摘を受けないようになる。そのため、状況・環境への適応能力の高い人物にとってはさしたる問題ではなくなる。

 (4)先天色覚異常は一般に、白黒の世界を見ているかのように誤解されてきた。進学・就職・資格取得などの際には、以前ほどではないにせよ、いまも一部で厳しい処遇を受けている。また、日本においては遺伝に潔癖さを求める傾向が強く、先天色覚異常が遺伝によって決定するという事実が、婚姻・出産などの機会において重く扱われてきた。こういった社会的な要因が複合的に影響し、先天色覚異常の話題そのものが意図的に避けられてきた。

 

 (1)の通り、日常生活において先天色覚異常者が支障をきたすような場面はほとんどない。しかし、まれに小さな困難に遭遇することもある。もしその困難を社会に現存する障壁であると捉えるなら、そういった障壁を除去するよう、広く社会に働きかけなければならない。その際、論拠として先天色覚異常者が実感した困難を提示することが必要になってくるのであるが、(2)および(3)についての個人差が大きいため、客観的・定量的な情報の獲得が難しい。そこへ、近年、「どんなに小さな障壁でさえ除去されるべきである」と考える人々が声を上げ始めた。些細な困難をも拾い集めて世に訴えようという姿勢で、社会に対して積極的な働きかけをしており、一部では福祉ビジネスとして成立しつつもある。しかし、支障・困難を客観的に評価検証するという手順を省きつつ障壁除去の運動を進めているため、論拠に乏しく、説得力を欠き、主観的な運動の様子を呈している。

 こういった状況にあって、(4)は、もっとも重要な、そして根の深い問題を示唆している。日本における先天色覚異常者のほとんどは自ら困難を訴え出ないという現実がある。色覚異常に対する認識不足や誤解が大きいため、ほとんどの先天色覚異常者は、遭遇した困難をいちいち口にしないほうが気楽でいられるという実感を持って生活している。そういった人々の感情を尊重する側面もあって、先天色覚異常者は一般に「日常の不便がない」「生活や仕事に支障がない」などと説明されてきた。

 障壁を除去しようという社会の動きと、とくに日常的な不便はないという大多数の声は、明らかに矛盾している。といって多数の声を覆し、「先天色覚異常者は日々多大な苦労をしている」と捉えてしまうと、先天色覚異常者だけでなく、先天色覚異常の遺伝的因子を持ったすべての人(全国推定580万人)を苦しめることにも繋がりかねない。障壁除去の流れは喜ばしいが、その裏付けとして先天色覚異常者の困難を強調するのは好ましいことではない。

 このようにして、いま、先天色覚異常をとりまく社会問題は大きく迷走している。迷走の原因となっている矛盾を解くには、問題を丹念に拾い上げ、ひとつひとつ検証していくしかないと思われる。その作業をもって、現代の日本社会における先天色覚異常の位置付けを明らかにしたい。

 

2009-04-24 地域福祉論(広井良典 先生)