電話相談日誌

午前中、小学校入学直前の息子さんを持つお母さんからお電話がありました。「以前より、息子の言動が気になっていた。インターネットで調べていて、いろいろな事例に目を通すうち、息子が色弱であることを確信した。これからどうしたらよいのか」というご相談でした。

このお母さんは、息子さんのようすを注意深くご覧になっています。たとえば⋯

   学芸会で使った動物(着ぐるみ?)の舌を「ミドリ」と呼ぶ
   先生が着ていた深緑色のセーターを「グレー」と呼ぶ
   木の葉は緑色だと教えたら幹まで「ミドリ」で塗る
   大理石タイルを遊び歩きしながら「ミドリのところだけ踏む!」と言う

⋯などです。 

ふつうの人は「こんな極端な間違いを見逃す親はいないだろう」とお考えかも知れませんが、意外にも、こういったことを見落として育ててしまう親は多いのです。実際、「成人して就職の際に検査するまで自身の異常に気付かず、周囲からも指摘されなかった」という方も、かなり多くいらっしゃいます。

ですので、このご相談のお母さんは、なかなか子育てをしっかりがんばっていらっしゃる方なのだろうとお見受けします。こういう方のご家庭の場合は、精神的にはだいたい大丈夫。知ってしまったいま、すこし動揺していらっしゃるかもしれませんが、落ち着きを取り戻せば、きっと大丈夫。

ちなみに、「昨年11月の就学前検診で色覚の検査はなかった」と、おっしゃいます。そうなのです。近年は、あまり実施されていないのです。検査してイケナイわけではないのですが(この、検査関係のおはなしについては、また後日)。

閑話休題。

まずさしあたって重要なのが、小学校への対応です。まず担任の先生に事情を言って、配慮をしてもらうようお願いしておくのがいいでしょう。といいますのは、小学校低学年の場合、まだ語彙が少ないので、色の名前で指示することが多いからです。板書の色使いにも、トラブルはつきものです。

低学年ですと、教科書や教材にもたくさんの色が使われています。これも、まだ語彙が少ない、というのが理由です(中高学年になると字と図版が増え、色使いだけでなにかを指示させるような表記は減ります)。教材が配られたら、ざっと色の確認をしましょう。私の母は、磁石つきのちいさなオハジキひとつひとつに「アカ」「アオ」「ミドリ」「キイロ」と、手書きのシールを貼りました。が、そこまでやらなくてもいいんじゃないか、とも思います。子どもさんと「これはアカ!」とかやって、遊びながらでいいんじゃないでしょうか。

色がわからないからって、叱っちゃダメですよ。しょうがないんです、まだちいさいから。もうすこしおおきくなったら知恵がつきますので、気にしないで。この方の息子さんはポケモンが好きで、なのにお絵描きしても「よくわかんないから」といって色を塗らないのだそうです。子どもにとってお絵描きは楽しいもの。せっかくのチャンスですので、まず子どもさんの好きなキャラから、ちょっとずつ塗り絵しましょうよ。あわてないで、ひとつずつ、楽しみながら。

同じお母さんからもうひとつ、「息子に色弱だということを教えるのはいつがいいですか?」というご質問。これはとても難しいですね。考え方はふたつ、両極端なやりかたがあると思います。

(A)ひとつめは、子どもさんが自分で気付くまで教えない、というやりかた。色の間違いをしたときだけはちゃんと教えて、それが異常だとか遺伝だとか特定の進路はダメだとか、そういうのは一切教えないで放っておく。その方がノビノビ育つから。

(B)ちいさいうちから「あなたは色の見え方がほかのひとと違うのよ」とわからせて、すこしずつ色使いの工夫を覚えさせていく。将来の夢を具体的に語るようになったら、資格制限や職業適性などのこともすこしずつ教えていく。そのほうが失敗がすくないから。

これらの両方ともにデメリットがあります。(A)は、色間違いや人間関係の失敗が多くなり、子ども自身が恥をかき、色使いの経験不足に陥りやすくなり、進路決定が遅れる。(B)は、色に対する自信がなくなり、ときには思慮深くなり過ぎ、自分を責めてしまうこともあり得る。

どちらがいいのか? それは、家庭ごとに方法が違っていて、それでよろしいんじゃないでしょうか。

私の親がとった方針は(B)で、それが私には得だったと感じています。たしかに一時的に自信はなくなりますが、それを乗り越えてしまうと、色を扱うのがとても楽しい。自分にわからない配色に出会った時でさえ、「あれ、これ○○色なの? そりゃすごいねー!」という感じで、けっこう喜んで、ついはしゃいでしまいます。そしてその結果、いま、色を扱う仕事に就いているわけです。まぁ、私みたいなのは例外だといわれれば、たしかに、それまで。

ところで、ウチは(A)タイプだといって、親は知らん顔でいいのか?というと、私はそうは思いません。

子どもの体のことを詳しく知っておくのは、親として最低限の義務なのではないでしょうか。例えば、「予備知識なくいろいろ食べさせていたらひどいアレルギー体質になってしまった」というのと、「赤ちゃんのうちにアレルギー傾向を調べて気を使っていたから大きな問題を起こさなかった」というのと、どちらが親として優れているのか。

大人になってから自身の色覚異常を知り、「なんでウチの親は隠していたんだ!」と問いつめられてしまうと、親御さんとしては苦しいところです。色の間違いをタブーにせず、それも家族共有の話題の一部だと思って、楽しくコミュニケーションしていったらいかがでしょうか。(所要1時間)