2011年

12月

27日

先天色覚異常に関する遺伝の6類型

大手ポータルサイトが運営するQ&Aサイトに、先天色覚異常の遺伝に関する誤った受け答えがたくさん掲載されていました。 というよりも、自然科学に即して正しく解説された(一般向けの)記述がネット上に見当たらなかったため、ここに書いておくことにしました。 以下に簡単な解説と図を載せておきます。

 

下図は、先天色覚異常の形質および因子の有無に関する、遺伝の類型を示したものです。 子を男女それぞれ2名ずつ記載したのは、形質および因子が遺伝する確率を表現するためです。 たとえば、親の形質および因子の構成が (2) や (4) だった場合、男児が先天色覚異常でない可能性は 50% 、先天色覚異常となる可能性も 50% となります。 (1) や (3) の場合は男児が先天色覚異常でない可能性が 100% となり、(5) や (6) の場合は男児が先天色覚異常となる可能性が 100% となります。

補足です。 遺伝を何世代繰り返しても、先天色覚異常の型と程度は変化しません。 たとえば、ある男性A氏が2型2色覚だったとしますと、A氏の後続の代 (たとえば孫)に先天色覚異常が発現する場合、同じ2型2色覚となります。 もし仮に、A氏の親族にA氏以外の先天色覚異常者がいないのにも拘らず後続の代に2型3色覚者が発現したなら、それは(A氏の因子に由来するものではなく)2型3色覚の因子をもった遺伝的保因者が存在するということを意味します。

以上、先天色覚異常に関する遺伝の法則を説明しましたが、これは当事者が自然科学と正面から向き合うときに必要な、非常に重要な知識となります。 その一方で、社会規範のあり方や、個人的な情緒・情動などと向き合うときに「役に立つ」知識ではありません。 ここが難しいところです。 いまはごく簡単にのみ述べます。 遺伝法則に関する知識はもちろん必要です。 けれども、だからといって「犯人探し」をするのはお勧めできません。 ある形質なり因子なりが 「親」から遺伝し、「子」へ遺伝するというのは事実です。 しかし、自然科学的な因果関係は、社会的な意味での価値(たとえば「身体」というものを個人所有される「資産」と考えるような場面での価値)を決定する因果とは異質なものです。 要するに、何か不都合なものが遺伝されたからといって「親」をはじめとする先代の人々を責めてはならない、ということです(逆に言えば、恵まれた素養を遺伝的に引き継いだからといって、特別に親に感謝する必要もないということになります)。

 

このことが理解できない人に、遺伝を語る資格はない、と私は考えています。 自然科学的知識を、価値判断なく振り回す者は、非常に愚かです。

 

 

 

2011年

11月

13日

先天色覚異常は、矯正できません。

またしても誤報道。 「色覚異常の人が本来の色通りに見える補正用メガネが ... 米国眼科学会で発表された」とのことですが、そんなメガネは絶対につくれません。 この記事の署名者は、元、朝日新聞社の編集委員で、科学報道の分野では非常に著名な方。 こんな初歩的な勘違いをされる方とは思えないのですが、一体どうなさったのでしょうか・・・・・・

 

(以下は 該当のニュースサイト からの引用です)

 

色覚補正メガネ、米国の学会で発表 初めての紹介に反響
2011年11月12日 17時00分 (2011年11月12日 17時35分 更新)

 

色の見え方が違う、いわゆる色覚異常の人が本来の色通りに見える補正用メガネが2011年10月23日、フロリダ州で開かれた米国眼科学会で発表された。北海道大学出身、ニューヨークで眼科を開業する新名貢 (しんみょう・みつぐ) 医師が、日本で販売されているメガネに着目、開発者の陳暁光・吉林大学名誉教授との共同研究の形でまとめた。

・8タイプ32種類のレンズ

このメガネは、株式会社ダルトン (大阪市西区、白井利明社長) が販売している「ダルトンメガネ」。自身も色覚異常がある中国の陳教授が1990年に開発し、中国企業が製造している。日本以上に色覚異常の人が多いとみ られる欧米では今回が初めての紹介だけに、大きな関心を集めた。色は赤、緑、青の三色から構成されるが、感受性に個人差があり、異常のある人の多くは赤の感度が弱く、緑が強い。開発段階から陳さんを支援してきた白井さんによると、レンズは金属微粒子を真空蒸着させ、三色の透過率を変えたもので、8タイプ32種類が用意されてい る。個々の感受性を検査し、赤、緑、青が均等になるようレンズを選ぶ。実際には12種類のレンズで98%の人がカバーできるという。当初のレンズは分厚 く、見え方も暗かったが、2005年から薄く明るい改良型になった。サングラスタイプで、正常だとどんな色に見えるかを確認する目的で用いる。中国では軍 隊専用で一般には販売されていない。日本では94年ごろから発売されている。雑貨品扱いで医療器具にはなっていない。(医療ジャーナリスト・田辺功)

参考 価格はレンズのみ両眼で70000円+消費税。枠は眼鏡店で選ぶ。問い合わせはダルトン0120-030-667

 

 

 

2010年

9月

26日

先天色覚異常当事者の言説にみる当事者の社会的位相とその運動の変遷

2010年9月26日、障害学会の発表原稿です。

出典:障害学会『障害学会・第7回(駒場)大会 資料集』(東京)2010

大会プログラムのホームページから発表資料をダウンロードすることができます。

私は矢野喜正(やのよしまさ)と申します。 色覚異常の当事者団体の運営をしております。また、千葉大の大学院で制度研究をしております。 きょうの報告テーマは「先天色覚異常当事者の言説にみる当事者の社会的位相とその運動の変遷」です。 どうぞよろしくお願いいたします。

これより報告を始めます。 研究動機、当事者問題の歴史的変遷、当事者問題の行方、の順にご説明いたします。

まず、研究動機です。

はじめに、眼科学の基礎的な事柄について説明いたします。

色覚についての医学的な分類です。 人間の色覚は正常色覚と色覚異常に分かれ、色覚異常は先天と後天に分かれます。 そして先天色覚異常は、1色覚、2色覚、異常3色覚のみっつに分かれます。 昔の診断名では、それぞれ、全色盲、色盲、色弱と呼ばれていました。

医学では、先天色覚異常の形質を持った人のことを「先天色覚異常者」と呼びます。 一方、きょう用います「先天色覚異常当事者」という言葉は、先天色覚異常にまつわる諸問題の当事者を指しています。 この中には、先天色覚異常でない人々、たとえば遺伝的保因者なども含まれる可能性があるということです。

なお、当事者の中には「異常」という表現を好まない人が多いようです。 躊躇はありますけれども、きょうは学術的に正確な表現をということで、医学用語を使わせていただきます。

先天色覚異常は遺伝的要因によって発現する形質で、日本での発現頻度は、男性の4.50%、女性の0.156%です。 そのうちおよそ6割が異常3色覚者で、4割が2色覚者です。 1色覚者について確定的なデータはありませんが、1万人から5万人に一人程度であろうと言われています。 また、遺伝的保因者は女性のおよそ9%と推定されています。 したがいまして、先天色覚異常者が約290万人、遺伝的保因者が580万人と推計されます。

このように多くの当事者が存在するにもかかわらず、これまで、先天色覚異常にまつわる社会問題が大きく扱われることはありませんでした。 しかし、近年になって、いわゆるユニバーサルデザインと呼ばれる事業に積極的に関わろうとする当事者が現れ、マスメディアに取り上げられる機会も多くなり、状況が変わりつつあります。

私の研究動機はこの文脈の読解にあります。 そして今後、当事者をめぐる諸問題はどのような方向に向かうのか、もし軌道修正が必要であるならば、当事者らはどのような方向を見据えるべきなのかを考察します。 そして本報告が、現代の日本社会における「障害」ないし「障害者」を読解するための素材の一部となることを希望するものです。 みなさまのご研究との差異を相対的に捉えながらお聞きいただければと存じます。

続いて、当事者問題の歴史的変遷です。

先天色覚異常にまつわる社会問題が、近年になるまで大きく取り上げられなかった理由には、おもに、次の4点が考えられます。

1)先天色覚異常は感覚器の比較的軽度な先天的インペアメントであるため、色覚検査を受けない限り、周囲からの指摘がほとんどありません。 ですので、インペアメントの自覚を持ちにくいという特徴があります。

2)色彩の扱いについていくらか経験を積みますと、困難に直面する機会がかなり減ります。 したがいまして、状況に適応する努力を行えば、個々の当事者にとっては大きな問題でなくなるという側面があります。 たとえば私は2色覚者ですが、美術大学を出て、デザインの仕事をしています。 まったく自慢できることではありませんけれども、それなりの状況適応が可能だということの証明にはなろうかと思います。

3)現在においても、就職や資格取得などに欠格条項が設けられ、当事者たちは不利益を実感しています。 そのために、インペアメントを隠し、不利を回避しようとする傾向があります。 実際のところ、インペアメントが外見に現れないため、慎重に生活していれば周囲に気づかれることはありません。 こういったことが、問題の存在そのものを隠蔽することに繋がっていったと考えられます。

4)日本には、遺伝に対して潔癖すぎるとも言える、感情的な傾向があるようです。 遺伝的保因者は、世間から誤解を受け、婚姻や出産などの際に大きな緊張を強いられ、精神的苦痛を実感してきました。 そうした苦痛を少しでも和らげたいと願う自然な感情がはたらいて、問題の意識的な忘却が行われたという側面があります。

この中で、とくに難しいのが4つ目の問題であろうと、私は考えます。 この遺伝の問題は、当事者の位相を読み解くにあたって、忘れてはならない視点であろうと思います。

以上のような背景がありつつも、先ほど述べましたように、近年になりまして、社会状況が転換を迎えています。 続いて、歴史的経緯を大まかに追うことといたします。

19世紀後半に、ヨーロッパ各地で、乗務員の色覚異常が原因であろうと考えられる列車や船舶の事故が重なります。 それを契機に、各国で乗務員の色覚検査が規定されていき、日本でも1879年から、鉄道員と船員を対象とした色覚検査が始められました。 日露戦争後には、陸軍、海軍ともに、色覚異常者の採用制限を始めます。 このようにして、近代日本においては、特定の職種の人材選定を目的として、スクリーニングが制度化されていきました。 当時の記録には、当事者の悲嘆の声が残っています。 戦争で活躍できないということにアイデンティティの喪失を感じたのだと考えられます。

昭和初期より、効果のない「治療法」がいくつも生み出されては消えていきました。 アジア太平洋戦争敗戦後、さらに怪しい「治療法」の発明が活発になります。 たとえば、1960年代には、こめかみに電気刺激をあてることによって色覚異常が「治る」と騙った高額な装置が売り出され、それを購入してしまう当事者が続出し、大問題となりました。 また、同様の原理を用いた「クリニック」が各地に開設され、90年代前半頃まで、詐欺行為が続いていました。 現在でも、「治療」を騙った鍼灸院がわずかに報告されていますし、色覚異常が「矯正できる」と騙ったメガネが高額で販売されています。 こういった詐欺行為の効果がクリニックや、あるいは装置やメガネの製造元らによって検証される際には、「治った」と訴える当事者の声が意図的に引用されるわけですが、そういった主観的な言説が多くの眼科医から疑われ、当事者の言葉は信用を失っていくこととなりました。

そのような状況にあって、「治療」「矯正」の真贋を見極めようと、医学に寄り添う決心を固めた当事者たちが現れます。 この当事者たちは、80年代から組織化を始め、眼科医らの援護を受けて、社会適応の方策を探り始めました。 しかし、運動体としての性格は強くなく、当事者のアイデンティティの構築を共同作業として行う、といった様相をもっています。

追って90年代から目立ちはじめた当事者の主張は、進学、就職、資格取得などの機会制限に対する異議申し立てでした。 この当事者らは団体を組織し、運動を始めますが、その論拠は、先天色覚異常者自身による「日常生活に不便を感じていない」という言説にありました。 この運動は、一定の成果を出しつつも、迷走を始めます。 色覚にまつわる制度のすべてを「差別」であるとして世に訴えはじめるわけですが、その矛先は医学に対しても向けられ、たとえば「色覚異常という言葉を使ってはならない」、「色覚異常という診断を下してはならない」、「精度の高い検査器具を使用してはならない」、「色覚検査そのものをこの世からなくすべきである」などと訴える当事者が現れました。 これを受けて眼科学は、「日常に不便を感じていない」という主張を疑い、当事者に対する信用度を下げていきました。

2000年以降になりますと、反対に、「日常的に困難を感じる」と語って、先天色覚異常者を福祉サービスの対象として取り入れるよう要求する当事者が現れました。 いわゆるユニバーサルデザインと呼ばれる動向への相乗りを狙ったものです。 この運動を率いる当事者らは、社会状況の転換を待ち切れず、自らソーシャルビジネスをはじめます。 そうなりますと、営利を求める都合から、どうしても、インペアメントを誇張して語る傾向になっていきます。 また、営業成果の顕在化を図るため、独自の造語の使用を営業先に要求し、認証マークの添付なども要求し始めました。 この運動での、インペアメントの誇張と医学用語の否定は、眼科医の側にあった不信感をさらに募らせることとなりました。

いま述べましたような経緯をふまえ、当事者運動の位相の整理を試みます。 私は、当事者運動の類型を、時代的経緯に合わせて、みっつに分類しました。 社会適応型、欠格条項撤廃要求型、情報保証訴求型です。 余談ですが、私は情報保証のショウの字を「ゴンベンに正しい」の「証」の字にしています。 情報保証は Information Assurance の翻訳語ですので、そうした方が相応しいと考えるためです。 話を戻しまして、以下に、それぞれの類型の特徴を述べます。

社会適応型運動の当事者属性は、先天色覚異常者、遺伝的保因者、その家族です。 医学的思考を基本に据えつつ、客観的な自己認識を試みようとしています。 あまりインペアメントを顕示しようとはせず、制度要求もそれほど激しくはありません。 色覚検査や欠格条項に対しては、科学的根拠がはっきりしている場合に限って、容認の態度をとるケースがあります。 営利性は低く、旧来のいわゆるボランティア活動の姿に近いものがあります。

欠格条項撤廃要求型運動の当事者属性は、先天色覚異常者に限定されており、中でも、比較的軽度のインペアメントをもつ者が多いようです。 医学的思考に対する抵抗感は大きく、インペアメントの自覚や顕示性は低いように見受けられます。 制度要求は欠格条項の問題に集約され、色覚検査は欠格条項存続の手段とみなして、実施反対の態度をとっています。 行動力があり、いわゆる一点突破型運動と呼ばれるものに近い様子があります。

情報保証訴求型運動の当事者属性も先天色覚異常者に限定されていますが、比較的強度のインペアメントをもつ者が多いようです。 このタイプの運動にまつわる言説を拾いますと、一見、合理的思考を持っているようにも見えるのですが、医学用語を一切認めないといったことなどから、医学的思考に対する抵抗感が大きいことが読み取れます。 また、インペアメントの顕示性は非常に高いのですが、誇張が見られるため、自覚の程度はよくわかりません。 制度要求は情報保証の問題に集約され、非常に行動力があります。 営利性がとても強く、新自由主義的な指向をもっているようにも見受けられます。

以上のように類型化した上で、相違点の整理を試み、今後の当事者問題の行方を考察してみたいと思います。

いま述べましたみっつの類型は、それぞれに矛盾点はありますけれども、当事者自身の視点からみれば、身体感覚と感情の置き場所を重ね合わせようという点で一致しています。 先ほど、インペアメントの自覚が難しいというところに問題の特徴があると述べました通り、当事者の抱える感情や意識は、身体感覚と分離した状態が出発点となっているわけです。 そこで、肉体と精神を、分離された状態から統合された状態へとシフトしたいという動機が共有されているようにみえます。

そこで、肉体と精神を統合させようというときに何を指向するかという点で、当事者運動の方向性が分かれていきます。 中でも、欠格条項タイプと情報保証タイプの主張は、明らかに矛盾しています。 欠格条項タイプは「生活上の不都合はない」と言い、情報保証タイプは「生活上の不便が多い」と言うわけです。 両者とも、身体感覚の個人差や、当事者の多様性についてはあまり触れず、主観的な身体感覚だけを拠り所にして語ろうとする傾向がみえます。 もっとも、主観的に捉えなければやっていけないほど、当事者が苦痛を感じているのだと考えることもできます。

このようにして、欠格条項タイプや情報保証タイプの当事者は、医学的な思考を受け容れられないまま運動を続けてきました。 それぞれの立場に立って言えば、眼科学は当事者の役に立たない学問であるということになるでしょう。 しかし私は、当事者と医学が良好な関係を構築した方がよいのではないかと考えます。 このことが、今後の課題のひとつになると思います。

しかし、当事者が医学を学べばよいという話では終わりません。 医学が当事者の方向を向いていないという問題が残っています。 これについて、社会適応タイプの当事者は、たとえば、眼科学会などの場に出て、医学の側に対して当事者像の修正を求めつつ、自身のインペアメントと向き合おうとしていますし、眼科医たちも当事者の意見に耳を傾けようという努力を始めています。 このように、当事者と医学とが対話を続けていくことが今後ますます重要になっていくであろうと思います。

最後にもうひとつ課題を挙げます。 これまで、欠格条項タイプや情報保証タイプの運動は、遺伝的保因者の立場を念頭においてきた様子があまりありません。 たとえば、情報保証タイプの運動では、私企業に対して、商品に「認証マーク」を貼るよう求めているわけですが、この「認証マーク」を遺伝的保因者たちが目にして、大きく傷ついているという実態があります。 また、お舅さんやお姑さんがお嫁さんを罵る、ですとか、先天色覚異常者が遺伝的保因者である親を恨む、ほとんどの場合は息子が母親を、ということになりますが、そういった肉親に対する怨恨が当事者の言説に現れ、この問題を一層深刻にする要因となってきました。 こういったことから、当事者の枠組みを確認し直す必要があるのではないかと私は考えます。 遺伝的保因者たちは、家庭内で孤立し、日々不安を抱えながら暮らしています。 このことを大きな社会問題であると捉え、当事者の全体像を再構築することが重要な課題になろうと考えております。

以上で報告を終わります。ご清聴どうもありがとうございました。

 

 

 

 

2010年

8月

12日

人工の生物 --- 論点拾う対話を急ぎたい

「人工の生物/論点拾う対話を急ぎたい」

尾関章(おぜきあきら/編集委員)

人工生物に限りなく近い細菌をつくった、と米国の民間研究所のチームが発表したのは約3カ月前のことだ。このニュースをめぐって、もう少し議論があってよいと思うのだが、それほどの広がりを見せていない。

DNAの断片を合成してつなげ、生命体一つ分のゲノム(全遺伝情報)をつくる。これを、器となる細菌に入れ、もともとあったゲノムの代わりに働かせて増殖させたというのだ。

チームを率いるのは、クレイグ・ベンター博士。人のゲノムの解読で、公的な研究陣営と激しく競い合ったベンチャー界の大立者だ。自伝「ヒトゲノムを解読した男」(野中香方子訳、化学同人)で、ゲノムの次は生物の合成だと宣言していた。

人工生物は、最近盛んになった合成生物学の究極の産物といえる。それは薬づくりや環境、エネルギー問題の解決などに役立つかもしれない。たとえば、燃料を生産する生物などだ。

だが、倫理、安全面では遺伝子組み換えと同様、懸念材料がある。兵器に使われないか。健康を脅かさないか。生態系を損なわないか。進めるにしてもブレーキを踏みながらだろう。

それだけではない。生物を一から組み立てるというのは、すでにある生物に取り込みたい遺伝子を入れる組み換えとは次元が異なる。問題も奥深い。

ベンター流は、その組み立ての第一歩として、生命の存続に必要な最小の遺伝子セットを探そうとしている。あとは目的に応じていろいろつけ加えよう、という戦略だ。

「そこには、生物は進化の中で不要なものまで抱え込んできたという生命観がある。川の蛇行をまっすぐにするように、生物のしくみも人に都合よく単純にできるという考え方だ」と東京大学先端科学技術研究センター特任教授の米本昌平さん(科学論)は言う。

この生命観は、自然科学にとどまらず人文系の世界にも衝撃を与え、論争を呼ぶだろう。

注目すべきは、ベンター博士らが、こうした根源的な生命探求を自分たちの手でやってのけようとしていることだ。実用の枝葉を広げる化学の根っこを、特許などを通じて一民間チームが押さえるという未来図も見えてくる。基本ソフトの開発企業がIT社会で巨大な力をもつのと似た状況が現れないか。知的財産権論議の火種もはらむ。

英国では6月、関連分野の研究予算の配分を担う公的機関が「合成生物学対話」と題する報告書をまとめた。討論集会や専門家からの意見聴取をもとに、この研究に対する期待と心配をあぶり出したもので、科学者の知的情熱から企業の投資意欲まで幅広く俎上に載せている。

新登場の研究をまえに最初から推進派と反対派に分かれるのではなく、まずは論点を拾い尽くす。そこから適切な向き合い方を探る。そんな科学対話が日本でも急がれてはいまいか。

 

(朝日新聞 2010年8月12日 朝刊10面「記者有論」欄)

 

2004年

3月

22日

医者選び

女性にも先天色覚異常のかたがいらっしゃるというのは、あまり知られていません。私はいままで5人ほどお会いしていますが、偶然に出会ったわけではなく、ぱすてるの活動を通して、お互いが先天色覚異常だという前提の場でお会いした方々です。そんなお知り合いのうち、あるひとりの女性が仰っていたお話。

数年前、全国的に有名な都内某私立大学医学部の眼科外来を、(色覚と関係のない)眼疾患で受診したとき、医師が「ついでに」といって色覚の検査もされたのだそうです。その検査前、彼女自ら先天色覚異常であることを申し出たのにも関わらず、その医師は「おかしいな、女なのになんでシキモウなんだろ?」ってな調子で、何度も何度も色覚検査をくり返したのだとか。

ご自身の色覚のことを知りたいときは、適当に眼科を選んではなりません。眼科医だからといっても、色覚に詳しい医師でなければ役に立たないのです。それと、色覚を専門にご研究されている医師の場合、ほとんどは、遺伝などの言葉にも気を使ってくださいます。受診時のこころの負担が少ないというのは、ちょっと安心できそうです。

くれぐれも、「色覚外来」を設置している眼科に行きましょう。

2004年

3月

06日

色覚異常とは? 先天色覚異常とは?

色覚異常というのは、色を感じる仕組みが正常でないことをいいます。先天性のものと後天性のものに分かれます。先天性のもののうち、色盲と色弱(2005年以降それぞれ、2色覚・異常3色覚と改称)は、どんなふうに遺伝するのか、だいたい解明されています。

先天色覚異常者は、日本人の場合、男性およそ20人にひとり・女性およそ500人にひとりと統計されています。ですから、日本には300万人くらいの先天色覚異常者がいるだろうと考えられています。そして現在のところ、先天色覚異常の治療方法はありません。

それから、先天色覚異常の遺伝的保因者(因子を持ちながら色覚異常の形質を発現しない人のこと)は、女性のおよそ10人にひとりと概算されています。ですので、日本には650万人くらいの遺伝的保因者の方々がいらっしゃることになります。

 

先天色覚異常者とその遺伝的保因者の人口を足すと、全国で900〜1000万人くらいになるわけですが、これだけ発現頻度の高い遺伝形質なのにもかかわらず、普段、あんまり問題になりません。

 

もちろん、困ったことはありますが、意外に救いがないわけでもありません。まずそのへんのことからお話をはじめます。